火群日記
稽古場日記。

Big_kirakira_5

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自分がやりたい芝居はどんな芝居だろう。と考えた。
ジャンルや好みは大体解っているのだが、やりたい役は実際よくわからなかった。
ジャンルに影響している事は何となくわかった。
私は愛情や悲しみや喜びや希望を大袈裟に表現できる場がいいのだと。
日常生活で有り余ってる私の感情だ(笑)
日常的に真剣に恋愛に励めばそんな事もないんじゃないかと思うくらい有り余っている。
そういう意味で人間から回避しているくせに、人間の上にある芝居がいいのだ。
私の場合なるたけ無駄に足を入れないようにしている今日この頃。
何が為になるか、意味をもてるか、流されないかは大事です。
人間関係なしでは成り立たない芝居がしたいのだ。
そこが欠如した芝居はしたくない。というのが本音だ。
その表現をおもいっきりしたくて芝居しているのだと思った。
(それを生々しくしないくらい、有り得ないだろうと思うくらいの表現で
でも身近な感情とすぐリンクするような、
激しい人間の一面に語りかけるような芝居がしたい。)
それを表現する事で共感を得たいのだ。実に女らしい発想だと思う。女々しい。
実生活の鬱憤を晴らすとでもいえようか。
だから実生活でもなるたけ素直に生きようと思う。そうしないと見失う気がする。
すると、色々難しい事がおこるのだが。
そこで放り投げたら、どこか心の直面した部分を見ないままになると思う。
「わからない」とか「何となく」でなるたけ済まさないように、
苦しい事でもちゃんと考える。
寧ろ楽しい事の方が感覚でって感じになっているくらい(笑)
私も何となくの人だから、それは本当に苦痛な作業だ。
言えば自己矛盾は日常茶飯事。でもそこを考えると見えてくる事があるのだ。
最近色々見ていて思うのが、その自己矛盾を「なんとなく」で
「こんな感じ」としてしまっている。
わかりやすくするには勿論それでいいのだ。最終形は。
だが、ある一面で投げてしまうと結局形成されるものに共感は起きない。
「すごい」や「うまい」なのだ。
私は見てドキドキして欲しい。そんな芝居がしたいしそんな芝居を見せたい。
逃げないで私らしく生きる。とても難しいです。
人間なくして芝居は語れない。人道人権第一ですね。

最近の稽古場では演出が頑張っている。次第にこだわりへの姿勢が見えてきた。
不器用だからついつい手助けしたくなる。
それは悪い意味ではなく、そういう意味で私の得意分野はあるのだ。
一人一人が違う感覚と方法を持つ。その中で、私ができる事がある。
私はフォローで人の役にたつのが好きだ。
ただフォローする人は選ぶし、度合いも人によって違う。
最近鬱なんで、中々前に出ませんが、愛情が戻りつつある。
内閣の総裁はこんな人だったな、と思うのです。
私をおざなりにしつつ、大事にしてくれます。輝いてきてます。
苦しむ人間は好きです。
成長をすぐするかしないかわからないですが、もがいているだけ素敵です。
人間かくあるべき。格好つけてては得られない事は沢山あると思う。
素直になったり、自分の理想と違う部分を認めるのは、きっと難しいのだと思う。

個人のブログか劇団のブログかわかりませんが、
芝居界で名の通っているとあるお人が見て下さっていると聞いた。
「谷内さんてどんな人?」と聞いて下さったそうな。
私は全然有名にならないタイプの役者だと思ってるんで、
まさか誰かが私の名前を気にして読むとは露知らず。
(私を見てブログを読んでくださったわけではないようですが(笑))
基本的に書きたい放題書いているので、少し恥ずかしくなりましたが、
こんな奴です。何でも素直に書きます。
素直さを買ってくださる方募集中です(笑)

パソコンの液晶が壊れた。困った。お金ぇ。
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